「ラーバタス」および「らばた工房」公式ブログですが、高石の自分ガタリばっかりです。
来週、お引越しです。ブログ、1週お休みです。
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部屋にはモノを置かない主義なんです。嘘。めっちゃある。ウチめっちゃある。サボテンが街を笑っています。意味わかんないです。

ちょうど来週の火曜あたりにネット断絶で、復活はド曜ぐらいかと思います。それも、上手くいけばデス。とにかく、今は終わりの見えない箱詰めと、自作の家具を分解する日々です。

絵が描きたいよー(T△T)
原稿間に合うのかなあああ

でも、次の社屋は、机めっちゃ広い予定です!!追い込む!!
それでは、しばしごきげんようです!



新社屋行ってきました!
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エンジェルのモチーフ好きなんですが、やっぱりスカートですよね。あれ飛ぶとき、降りる時邪魔じゃないのかなー?パンツまる見せになっちゃうし……

でなくて。いよいよ昨日、新社屋に行ってまいりました。この後工事が入ったり、清掃が入ったり、冷蔵庫が届いたりと、案の定、嵐の予感です。

この時点で既に原稿が8割がた完成しているはずだったのに。。。
お察しの通り、全然できていません。でも、引っ越し後でも、コミケには間に合うはずなんですけど、お片付けとかで、原稿なんかできるのかしら状態です。

でも、きっとエンジェルが助けに来てくれる!!


くれない

これは想像以上に強敵です
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これまで引っ越しって、正直そんなにきつくなかったと思うんですよねー。軽トラ1台で。荷物なんかほとんど書籍だし。棚は木材で自作だし。でも、この部屋に来て3年。いろんなものが増えてしまったようです。お引越し業者さん見積もりは、一番高いところで30万近くいきました。安いところでも10万ちょっと。てかこの差は何。言い値なのね引っ越しやって。相みつ取って良かった。

荷物まとめつつ、PC周りは残しつつで、じわじわと進行中ですが、これまったく終わんないです(;゚Д゚) で。よくわかりました。これまでは荷物が少なかったのでただ、箱に詰めればいいのですが、ここのは、半分ぐらいは無くていいモノだと解りました。100均の謎のプラスチックグッズとか、要らないでしょ。なのに、とりあえず詰めてるから、全然終わんない。あああどうしよ。

新作は、カラーやりたかったのですが、絶対間に合わない。ということで、モノクロになると思います。只今下書きなどをしつつつ。なんとか……でも、これ、大丈夫なのかなぁ

行けるとこまで行ってみます。


引っ越しガガガ
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ちょっと前に、NHKで特撮ガガガのドラマやってましたよね。面白かったです。小芝風花ちゃん、可愛かったです。あ、いや、今日はそういう話ではありません。緊急事態です。

台風、皆様の方大丈夫でしたか?らばた本社(3DK)のあるさいたま市は、場所によっては壊滅的な打撃を受けています。川沿いの低いところで、がっつり湖になりました。知人が納車後数か月の車が終了してしまいました。

実は、自分は今、自分の家の近所が、どれくらいの雨が降ったらどこまで水が来るか、よくわかっています。今の本社も低いほうです。でも、3階(エレベータ無し)なので浸水の被害は大丈夫そうですが、1階の部屋は多分ダメです。

恐らくですよ。この先、日本は熱帯雨林気候に近くなると思うんです。これは温暖化の影響に加え、地球の歴史上のそういうサイクルに来ていると考えています。千年後ぐらいに、氷河期になると仮定すれば、小さな温→冷の小さなうねりを数回繰り返す過程の一つだと思います。

人間がその何回まで耐えられるかわかりませんが、地球の営みに借りぐらししている身としては、大家の言う事には逆らえません。おっと、例によって根拠はあまりありません。ノーエビデンスです。直感というかお告げというか。世に言う与太話です。エビデンスって、ペットボトルの水の名前みたい。

与太話続きます。で、当面、今回レベルの台風は毎年来ると思っていて。以前から海抜の高いところへ行きたいなぁと思って、調べまくっていました。今の生活を変えないで、電車利用などを確保したままって言うと、このあたりだと駅前なんですよ。やっぱ、鉄道ってよくできていて、山の峰をずっと走ってる。我が大都会さいたまシティで、通勤が可能、土地が高く、地震にも盤石、というと、大宮駅西口ということに。坪単価100オーバー。ト坪で1千万。おい!!さいたまだぞ!!

で。それは無理なので。この峰をずっと地図上、上に上にと登っていく訳です。東京から離れていきます。土地は安くなります。すると、さいたまの山の方に行くことに。岩盤、標高、そしてお値段OKな場所を見つけました。このあたりイイなぁと漠然と思ってたのです。漠然と。

そして。例えばある日。何らかのテレビなどで「タワマン終了」ネタが流行ると。そうするとあの人たちお金あるから、あっという間に東京に通勤可能な土地を抑えると。そうすると、価格ドカンと上がると。

その前に動かないと。イナカがイナカであるうちに。
目指せ、東京に依存しない生活。

という事で、11月、お引越しとなりました。これは忙しくなりまくります。
原稿、引っ越し前に何とか上げたい……。


あがく、カラー作品です。
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まんがの作り方でよく言われる作品の作り方で「演繹(えんえき)法」と「帰納法」というものがあります。へー。

自分は、「ふつうのマンガ」の場合、帰納法です。帰納法というのは、ゴールが決まっていて、ソコに向かってストーリーを組むみたいな。ゴールというのはオチではなく、自分が一番言いたい事、になると思います。だから「オネショタいいよね!」という漫画が描きたかったら、オネショタを描くというゴールから逆算して、お話を作ります。お話自体のオチなんてものは結構どうでもいいみたいな(そうなのか

演繹法は、どちらかというと、キャラにトラブルをふっかけて「このキャラは、今、この場でどうするか」みたいな、今を積み重ねて描く方法というイメージで考えています。キャラを描くときはこっちのほうがよさそう。ゴールはどこへ行くのか到底わかんないですけど、「キャラ」はどんな物語を通してもそのキャラなので、たぶんそれで良いんだと思います。

で。今作ってるのは「よりエロい絵を」という作品です。勿論異種姦。その、絵というのにはシチュエーションや、どんなモンスに何をされているか、というのも含みます。これがなかなか一筋縄ではいかないのでして。

例えば1。帰納法。女の子がその一筋縄とやらで縛られている絵がエロいなって思ったりするでしょ。コレをゴールにする。そこに至るまでの理由というか、ストーリーを……ってこれが「いらない」。エロだから。自分は良くコレを長ったらしくやってしまう。あっさりで良い。良いんだと思う。

例えば2。演繹方。一筋縄のエロいなって絵を描くでしょ。描いてる時に、自分の頭の中でその子が喋ったり、モンスターが何故それをするか、どこからそれをしようと思ったのかというのが、浮かんできます。彼ら彼女らには生活があるので、その行為に及ぶには理由があるわけですよ。

とすると、描き始めたときは見えなかった要素がガンガン出てくる。ああ、この子の職業はこうだったな、こういう性格だから、これは嫌がるはずだな、でもこの場所に来ている以上云々。で、どんどん絵が変わっていって、最終的には、その一筋縄さえどっか行っちゃったりします。

じゃあ、一回描いて、全体見えたら清書、ってのが良いのかもだけど、これもダメ。絵は不思議なもので、先が見える安心感が絵に出ちゃう。描き手があがいてないと、エロくならない。路上パフォーマンスみたいなものに似てるのかな、同じステージは二度とできない。そういうものみたい。

ということで。大まかにゴールを設定した演繹が良いと思われて、そのゴールはガンガンに変更可。エロい刹那が勝負。そもそも「絵を見せたい」場合、マンガより、絵物語形式の方が多分相性がいい。そうなのよ。どうせウチ、女の子しか喋らないんだし。

っていう、自分の作り方みたいなものにたどり着くまでに、10年以上かかりました。今そうやって作っています。ガンガンにあがいています。


惨敗の記録です。
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先日の日曜日、太極拳の表演大会がありました。正式名称は「武術太極拳」の県予選なんですけど、「武術」ってついてると散手(空手の組手みたいなものです)とかで戦うイメージありません?この大会では、相手を倒して勝つみたいなものはピリピリしたムードのものは一切なく、白髪の方たちが中心で、淡々と自分の演技をするというものです。なので自分はこの「武術太極拳」っていう呼び名は少し恥ずかしくて使いたくないのです。「健康太極拳」にすればいいのに。

で。自分も出たのは既定の型を規定通りに順番にやっていく表演で。採点競技です。片足で居るべきところを足をついてしまったら、何点減点、みたいな感じで、引き算して点数を競います。

で、自分、アウェーなんですよ。ここの「連盟」とやらに登録していない、野良です。お察しのように、自分は、お上に貢献度を競う連盟的なモノが死ぬほど嫌いです。言いたかないですけど、アウェー採点はビシバシ感じます。自分の前で足をついたおじいちゃんに、採点負けましたから。そのおじいちゃん、どこかの支部の会長やられています。そういうものなんです。

こういうのって、クサって、こんなルールじゃ話になんない、ダメだこりゃーで終わらすのは、それはそれでいいんですけど、ただ、アウェーで全国行って勝ってる人はいるんです。誰が見ても、ああ、この人が一番だよね、県大会レベルじゃないよね、って人。

で。自分がいま、ここで勝って、全国大会行って通用するか?って言ったら、それは無いと思う。つまり、アウェーでもなんでもなくて、普通に負けただけ。忖度云々があったとしても、10位が11位になったぐらい。そんなとこでクサっててもしかたない。

で。ね。今回練習しながら、自分に「基礎が無い」事を思い知ったんです。太極拳は身体に軸を作ることが重要なんですが、その軸が甘いし、傾く。複雑な派手な動作ばかり練習して、この基礎の習熟が足りていない。

ほら、絵も一緒でしょ。

アカデミックなら、立体をきちんと立体に。
記号イラストなら、記号をきちんと。

基礎。今年の目標……あとちょっとかーい
令和の目標は基礎。

基礎。
おれ師走
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9月も終わりそうです。9月の師走です(いみわかんね
忙しいが言い訳なのはあまり好きじゃないんです。みんな忙しいから。でもほんと、今、常に動いてないとやることが終わらない忙しさです。 驚きです。とりあえず日曜、埼玉県大会行ってきます!詳細、描けたら書きます。あちょー!


並行次元について
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らばたは、いわゆる「異世界」なんですが、かなり「パラレルワールド」的な印象を持っています。いきなりか。こんなことを考えていたら木曜日になってしまいました。そんな話を書きます。

パラレルワールドのただしい定義は解りませんが、自分の感覚だと「異世界」は、まったく別個の、下手したら時間の概念さえないモノのイメージで。「パラレル」は、時間の流れの存在はこの世界と同じで、我々の世界の類似品として並行に存在し、様々な物理法則も同様に適用できる、みたいな。ファミコンとiphoneではなく、iphoneのカラーバリエーション程度の差異しかない、的な、みたいな(なんだよ

この自分の認識だと、らばたはどっちかっていうとパラレルなんですけど、「異世界」って言った方が通じやすいかなと思い、異世界という言葉を使っています。で。最近、ちょっと異世界を見て来たので、記録します。え?

ここ数日、完全に独りになる時間というものがよくありまして。数年前までは当たり前だったこの時間です。独りになるとどうするか。たまったお仕事や、制作などをひとつひとつこなしていきます。そして常に考え事をしています。

そうすると、頭と目が疲れてきます。眠く無いのに、だるくなる、例のやつです。昔はこれをパブロン(お薬)で抑えてしまっていました。シーンとした部屋の中に、何時間も座っています。集中したいときは音楽も一切かけないので、ホント静かなお部屋です。時折、車の走る音が聞こえるくらい。

このエンドレス作業の中、不思議な「疲労」というか、しんしんと降り積もる「何か」が蓄積していくと、なにか、不思議なゾーンというか、自分の体が何か別のシフトに組み変わるような気がするんです。

すると、どうなるか。最近はあまりにもくだらないと思うようになって滅多に見なくなった民放のバラエティを見たくなったりします。嘘と誇張だらけのCMも、面白いなと思ったりします。ツイッターの誰かを否定してみたくなったりします。また、その否定意見と同じ意見の人を探してみたりもします。

この感覚。すごく不思議でした。すごく懐かしいようで、かと言って居心地はそれほど良くないものでした。コレをやりたいと思っている自分は、個の特性というより、そういう世界に行ってしまっている、「世界線の違い」って言えばいいのかな、考え方や、生き方のベクトルが、ある世界とはズレてしまうような感じがしました。この世界では、テレビや、スマホ、「モノ」は一緒なのに、存在意義、使い方がまったく違う。

例えば、世界Aでは、スマホは情報を仕入れるモノ。資料でしかない。Bでは、スマホはパートナー。本人の感情や生き方の元になりさえする。世界Aが続いていくと、スマホの形はどんどん地味になると思うけど、Bでは、生き物に近づくような気がする。

つまり、これが「異世界」じゃないかしらって思うんです。人間の脳は、今本当に起きていることと、夢で見ていることを区別することは出来ません。ドアの向こうに本当にライオンがいる事と、ドアの向こうにライオンが絶対いると信じ切っていることは同じです。本気で信じ切っていることが、その人にとっては紛れもないリアルで、現実。

人間の目に映ることや、そのものの意味みたいなものは、脳が決定づけるでしょ。そういう人がたくさんいたら、その人たちの集団では、文化というか、世界が構築されていくから、そういう世界として、「普通」になっちゃう。

「一点重心」が技術上で確立していて、「これ良いよね」って人がいっぱいいれば、車が4輪なのを、ひどく不思議に見える世界線だって、あると思う。事故率が8割だって「車とはそういうもの」が当たり前になる。

自分は、こう考えます。人間の思考というものは本来、無意識化でつながっているのではないかという考え方がありまして。それに乗っかって。「異世界とは、まるでひとつのある世界から、まるで幽体離脱のように枝分かれしていき、その枝の部分に共感した脳(=思考)が、そこにあつまり、世界を強固にする。」

巨大な重機(ショベルカーとか)を「モンスター」と言ったりするでしょ。でも、ある世界線では紛れもなくそれは倒すべきドラゴンだし、ある世界線ではそれは世界を守るロボだし。そういうのは、脳が決めている。パラレルワールドってそういうものなんじゃないかな。

そして、パラレルワールドが思考である以上、コツさえつかめば、行き来は可能なんだと、思うのです。

おわり。

え? おわるの?

新作まだ先ね。



部誌「FED19」締め切り迫る! 9/20!
おかげさまで、今回の募集枠も埋まってしまいました。通年ほぼ満席状態となっております。席数少ないのもあるとは思うのですけど。これでも年に数人は入れ替わってるんですよ。

でも、これでは、狙ってる方はどうにもならないと思います。このHP毎回見るのも面倒だし。うむむ、何か良い方法はないものか、考えてみます。あ、もし、あらかじめメールなど頂ければ、空きになりそうな時に情報をお伝え出来ますので、どうぞご活用くださいませ。

さて!部誌です!FED19は、9/20が締め切りです!翌週9/27は編集作業の為休講となります。
追い込み頑張って!!
デジタルな、カラーの世界を。

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コミティアから数週間が経ております。コミティアはホントまじで売れないんですけど(言い方)、買い手さん、それもしかも、ウチの本を好きと言ってくださる方とお話しできるのが、やっぱ最高に楽しいです。売れなくても行っちゃう理由。

そして。昨今の煩雑な作業に追われつつ、やはり、1日に1度以上は思い出す……コミティアで頂いたコメントがあります。

「最近、CG集的なモノやられないですよね?」

これ、複数の方に、異口同音にて頂けました。っていうか、本のイベントなのに、アナタはデジモノがお好きなの……?とか思っちゃうんですけど、この「CG物」というニュアンスが、年1は出してる「フルカラー本」を指していないのもなんとなくわかってしまうのです。

らばたはもともと、マンガのサークルではなく、フルカラー、しかもアニメで最初から当時珍しかった「声入り」という(あれま、考えてみるとすごい事してるな)サークルでデビューしました。

でも、2011年頃より、絵の上達や、オフイベントへの参加などを考え、マンガが多めになっていきます。

でね。うち、マンガでも結局、ナレーションベースでやるじゃない。女の子しか言葉を喋る人がいないから。本来マンガは、ラノベみたいに、セリフだけでポンポン進むのがだいご味なのに。

だから、らばた作品の今のスタイルだと、無理にマンガにする必要ないのよね。CG形式でもいっしょなのよね……どころか多分、CG形式の方があってる。

かと言って、マンガの一番面白いところである「キャラ同士の掛け合い」を描きたくない訳ではないのです。ただ、モンスター喋らせるのは絶対嫌だし、ちむこ役を男にするのも嫌なのです。

「腋姦マーメイド」は、最初、男を出そうとしたんですけど、自分の拒否反応がすごくてやめました。この、ヒロインと会話をするモノを誰にするか、という点で、いつも悩みながらマンガを作っています。

やっぱり、らばたでやりたいのは「世界(モンスター)を紹介する事」。だからマンガでも、ストレートに、ドキュメント番組的なやり方をしていて、これが自分にもあってるんです。だから、これは本来のCG形式に戻して。マンガは、もっと、違うやり方で出来ないかなって考えてます。

こんな話、前もしたような。

でも、数年前にマンガを始めたときより、色々描ける様になってる(と思う)から、今、またCGやったら、それなりに面白いんじゃないかな。って

思うのです。